フィールドエッセイ「旅と自然の心象スケッチ」 第1982回


謹賀新年
キタミソウと渡り鳥による種子散布
「えっ、それって本当なの? 」 「こいつは面白いねぇ」 という世界



謹賀新年
2023年(令和五年) 新春を迎え
皆さまのご健康 、ご多幸を、心より お祈り申し上げます。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。


昨年は、いろんなことがありました。

5月、2階の階段から「落下」 、
外科医からは、「背骨や後頭部を打っていたら、今ごろは寝たきりでした・・・」
「転び方がよかったです」 と褒められました(?)。
転倒したその瞬間、体をひねり、
脇腹の打撲で済みました。

6月3日午後、巨大なヒョウ(雹) が我が家を襲い
ベランダの屋根は木っ端みじんに破損しました。が、火災保険のお蔭で、「屋根だけは」 立派になりました。
「災い転じて福となす」、そんなこともあるんですね。
「一寸先は闇」 ともいいますが・・・。

いろんなところに出かけ
いろんな出会いがありました。
こんな人生もあるんだなぁ・・・、人との出会いは、もう一つの世界の発見。自身も豊かになった気分です。
五島列島で出会った青年は、若くして「釣り舟の船長」です。
隠れキリシタンが今もなお生き続け
「内心の自由」 という言葉
も知りました。

今年も、
どんな出会いがあるのでしょうか・・・。
どんな旅行ができるのか・・・、どんな鳥や自然に出会えるのか・・・・
しかし、そろそろ、身の回りの整理も必要になってきました。
5月には80歳、世間的には、十分に爺さんです。
体力、気力、記憶力、包容力 (寛容力)・・・、
毎日が衰えとの闘いです。

今年こそは・・・・
と、毎年、同じようなことを考えるのですが・・・、
年頭に、次の三つの目標を掲げました・・・、掲げるだけならサルでもできる、と言われそうですが。

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その一つ、
誘惑に負けないようにします・・・
最近、「こっちに来いよ」 と誘う人ばかりです。
そっちに行くのはまだ早いと思うのですが、両親をはじめ、叔父、叔母、兄夫妻、義理の両親、
おせわになった恩人、かつての同僚や学友・・・・、みんな口をそろえて、「こっちもわるくないよ・・・」
特に昨年は、木鳥会の元会長、原川久さんが、ことあるごとに誘ってくれます。
「こっちはね、コロナも殺し合いも、煩悩も、老後の心配など一切ないんだ。
恋愛も希望や喜びも、絶望や悲しみもないけどね・・・」
そんな、死んだような世界は・・・、まてよ、それが
死んだ世界か・・・、いやだねそんなの。
誘惑に負けない、つよい気持ちを
持ちます。

その二、時間を創出します・・・
もちもん、「時間」は、工場などで量産できません。だからこそ創り出す他はありません。
「生産できないゆえに創り出す・・・?」、矛盾しているようにも見えますが・・・
だから、生産ではなく創出なんです・・・、捻出するんです。
要は、自分が使える時間の「割合」を増やす・・・
それだけです・・・、不要な時間を整理し
残り時間を創出します。

そして、その三、
難しいのは承知の上で、自分を捨てます。
いっぺんに捨てると生きづらいので、とりあえずは、名前を捨てます・・・
名前を捨てれば、名前に連なるあらゆるものから、開放される・・・、ようやくそのことに気づきました。
誕生日がきたら、これまでの服を脱ぎ捨て、もう一つの人生を生きてみたい・・・
西行や鴨長明のように旅に出られるかどうかは
分かりませんが・・・・

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さてと、1月3日、
気になっていた、越谷市の堰 (せき) を見てきました。

堰というは、水田に水を供給するためにつくられた人工的なダムのことです。
春~夏には水をせき止めて貯水し、用水として利用し、秋~冬には水を抜き、裸地が現れます。
水を抜くと一斉に生えてくる植物があります・・・、その中の 「キタミソウ」「オオオナモミ」 の生態がとても面白いのです。

昨年、たまたま、
細川章司さんが撮ったカイツブリの写真を
カラサワールドの掲示板で拝見したのがそもそもの始まりでした。

水面の浮き巣で繁殖しているカイツブリのとなりに、
黄色い水草の花をみつけました・・・、 「アサザの花」を見つけたのでした。
何と、絶滅危惧種のアサザのみならず、サンショウモ (シダ植物) も自生し、極め付けが 「キタミソウ」でした。
それまでキタミソウは、名すら知りませんでした・・・、が、ツンドラなどの北方の植物であること、
カモ類、シギチドリ類、ハクチョウ類などの、渡り鳥によって
種子が散布されたのではないか・・・・

と考えられていること、
を知りました。

「キタミソウ」とは何ものなのか・・・
その後、何回か越谷市の堰をたずねました・・・、
植物研究者の飯島和子先生にも現地を見てもらいました。
茨城県内にもキタミソウの自生地がある・・・・、ということで、昨年は2回ほど小貝川流域を訪ねました。

渡り鳥が種子を散布する、といっても
どんな鳥が、どのように、シベリアから日本にまで種子をはこんできたのでしょうか・・・?
テーマが、大きすぎて、どこから、どう調べたものか・・・・、それすら検討がつきません、が、何ともロマンにみちた話しではありませんか。
その仕組みが 解明できるかどうかは問題ではありません・・・、こうした自然界のロマンに触れるだけで、寿命が5年も,、10年も延びるような気がするのです。
体内から新たなエネルギーがわきあがり、アドレナリンが分泌され、結果的に「時間」が創出されてくる・・・、そんな気かだするのです。
何年も・・・、何十年も、時間をかけて、あれこれと想像を楽しませてもらう・・・、私のこれまでのやり方です。
こんな面白いテーマに気づいてしまったのですから、お正月からワクワク感が高まって・・・、
待ちきれずに、1月3日には、越谷の堰に
出かけたのでした。

すみませ~ん、何をされているんですか?」

堰の中を歩いている一人の男性がいました。
ビニール袋をもって、水辺を歩きながら、ゴミをひろっているようなのです・・・?



大きなビニール袋をもって、堰の中を歩いている人を見かけました。
なぜか気になって、話しかけてみました・・・・・


「すみません、何をされてますか・・・?」

ゴミ、拾ってます」
「いつもは、出勤前に前にやってます」

「一人でゴミ拾い・・・? 何か、きっかけでもありましたか・・・?」

「実は、妻を亡くしました・・・・、仏教の世界では、亡くなるとしばらくは
河のほとりを彷徨うんだとか・・・・、きれいにしようと思って・・・・」

「そうでしたか・・・、奥さんのために善行を積むんですね・・・。ご苦労さまです。
私は、千葉からキタミソウを見にやってきましたが、貴重なお話を伺うことができました・・、有難うございました」

正月早々、見知らぬ人に出会い
もう一つの人生の一端に触れて・・・、ちょっと新鮮な空気を吸ったような気分で
キタミソウを探し始めました。

昨年の10月に来たときには、
堰は、オオオナモミとキタミソウの緑で一杯でした。
下は、そのときの写真です。



10月23日に撮影した堰です。
水を抜いた堰では、中央に水路があり、
こんもりと緑が盛り上がっているのはオオオナモミの群落です。

キタミソウは、水辺にそって分布しています。
しかし、とても小さいので、この写真からはわかりにくいです。

キタミソウの生活史について、
次の写真で手短に紹介します。


左上の写真
「こしがやのキタミソウ」 発見と生態が解説されています。
「越谷市・越谷市自然ウオッチング指導員連絡協議会」が作成したものです。
昭和53年に、大井次三郎さんが発見。夏の間は種子の状態で水底で休眠し、
秋に堰の水を抜くと、ツンドラと同じような気温になる10~12月と、3~4月頃に、可憐な花をさかせるんだそうです。

写真右上、
水路にそって緑色をした部分が
キタミソウの生育しているところです・・・・、褐色の部分はオオオナモミです。

写真左下。
キタミソウの密生している群落です。


写真右下
キタミソウの根元では、小さな花が沢山開花しています。


キタミソウは、秋から冬にかけて
生長し、開花し、種子を散布して、一部は越冬して春を迎えます。
その間に、オオオナモミも、生長し、開花し、種子をつけ、葉や茎は褐色になり枯死します。



10月には緑色でしたが、
12月中旬にはオオオナモミの枯死が目立ちます。
キタミソウは水辺に、オオオナモミは水辺からやや離れて分布し、両者は見事に棲み分けています。



1月3日、水辺のキタミソウも大分枯れてきました。
よ~くみると、水辺に、緑色のキタミソウがみえます・・・・

茨城県での観察により
水辺から離れたところのキタミソウは、霜によって浮き上がり
根から水分が吸収できなくなって枯死することが判明しました。 枯死した原因は「霜柱」 でした。
水辺や水につかったキタミソウは、霜柱の被害を受けず
真冬でも緑色を保って越冬します。

一方、開花結実した果実は
根元にたれて、泥の表面でドロドロに分解し、小さな種子がばらまかれます。



泥の表面にばらまかれた小さな種子
この種子が、泥と混じり、その泥が水鳥の足や体に付着して運ばれていく・・・、
鳥による種子散布があるのか、ないのか・・・・
気の遠くなるような観察の始まりです。

さて、もう一つの可能性は
キタミソウを食べる水鳥による種子散布です・・・、それを明らかにするためには。
(1)食べているところを観察する、(2)排出した糞を見つける(3)糞内に種子があるかないかを確認する・・・・
そのうちの、(2)、カモ類の糞を見つけました。



緑色をしたカモ類の糞。水辺に落ちていました。

これをシャーレにいれ、アルコールで消毒し、
水でばらしながら・・・、キタミソウの種子を探します・・・・
いまは、探しているところですが
ちょっとワクワクして
きます・・・

(ただし、水鳥の糞・・・、家では評判が悪いです)

面白い発見がありました。
キタミソウが自生している水辺に残る、鳥や獣の足跡です。


カモ類、サギ類などの足跡がびっしりと残っています。
水鳥の足に泥が付着するのではないだろうか・・・・、いろんな状況証拠を集めているところです。

さらに
この正月、嬉しい発見がありました。
水鳥たちの足跡の近くで採集してきた泥を
「イカコウジ (イカの塩辛)」の空き容器にいれておいたところ・・・・
泥の中から、ちいさな芽生えが出てきました。



写真の右側は芽生え
左側は、「双葉」がひらいたところ・・・、
そして、今では、双葉の上に「本葉」が広がりはじめました。

春になったら、越谷のキタミソウがどうなのるのか・・・
また、越谷以外の、茨城県や千葉県のキタミソウも巡見してみたくなりました・・・・
いずれ、北海道や熊本、奈良などの自生地も訪ねてみたくなりました。
そして、さらに、ツンドラ地帯のキタミソウ自生地にもでかけて、
ガン、カモの子育てや、キタミソウの生育状況なとも
みたくなりました・・・、果てしない旅に
なりそうです。

一方で、このキタミソウと一緒に自生する、 「オオオナモミ」もまた、奥が深い植物です。
いずれも、今年だけではどうにもならないほどの奥深さです。
こんな面白い世界を知ったからには
時間を創出し、健康寿命を
延ばさねばなりません。
誘惑に負けては
いられません。

そんなわけで
本年も、もうしばらく、お付き合い
のほどお願いします。


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